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宮本充のきまぐれ週報2

「川崎河港水門」

々回のブログ、「ブラミツル・羽田」の続きです。
羽田の町を歩いている時、「あ、あそこに行ってみよう!」と思い立ちました。

あそことは、「川崎河港水門」。

「産業遺産」という写真集に載っていたのです。
「河港」とは川岸につくられた港のこと。
そびえ立つ2本の塔が異様で、いつか行ってみたいと思っていました。
多摩川沿いの「港町」という町にあることは覚えていました。
多摩川は、羽田の町のすぐ横を流れています。
川の向こうは川崎市。
川を渡り、川崎市側の土手の道を歩いて行けば、たどり着くはず。

羽田3丁目の「大師橋」を渡って川崎市に入り、土手の道を上流に向かって歩いて行きました。
30分ほど歩くと、突然、目の前に、水門が現れました。

河港水門

「バットマン」に出て来そうな雰囲気。
塔の上の丸い飾りは、当時、川崎の名産品だった、桃、ブドウ、梨だそうですが、そうは見えず、ちょっと不気味……

水門俯瞰図

水門の手前に、左右に小さな船着き場らしきものがありました。
水門の向こう側には、長方形の大きな水溜りがありました。
長方形の部分は何だろうと思い、自宅に帰ってから、インターネットで調べて驚きました。
昭和のはじめ、この水門がつくられた時は、水門から運河が川崎の工場地帯を流れる予定だったらしいのです。
しかし、その計画が頓挫し、途中まで掘った運河は埋め立てられ、今ある、この長方形の部分だけが残されたのだそうです。
今は船溜まりとして使われているらしいのですが、船は一隻もありませんでした。
たぶん、水門も、開いたり閉じたりすることはあまりないのでしょう。

この水門から川崎の街に、ずーっと運河が伸びていたかもしれないと思うと、ちょっとワクワクします。
でも、もし運河があったら、それが当然と思うだけで、それほどワクワクしなかったかもしれません。
計画が頓挫し、その名残が少しだけ残っている方が、僕は興味をそそられるのです。
莫大な税金が無駄になったのですから、こんなこと言っちゃ不謹慎ですが。

しばらく水門の塔の下に佇み、釣りをしている高校生や、犬を散歩させている地元の人達を眺めていました。

日が暮れてきました。
次男もそろそろ北海道に着いた頃。
僕も家に帰ることにしました。
羽田空港の第3ターミナルから歩き始めて、長い長い散歩でした。

のブログを、深夜に書いています。
書きながら、想像しました。
誰もいない多摩川で、夜空に浮かぶ水門の塔の黒い影を……
想像して、ゾクッとしました。
それがたまらないのです。
変ですよね。
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  1. 2022/05/18(水) 23:55:29|
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版木

はよく木版画を作ります。
使う版木は、ハガキより一回り大きく、厚さ4ミリの合板。
1枚60円ほど。
厚さが1センチ以上ある版木は使いません。
とても高いのです。
僕はよく失敗して版木を無駄にするので、勿体なくて使えません。
それに、厚い版木は、保管する時にかさばります。

版木1

厚さ4ミリの薄い版木でも、すでに、こんなにたまりました。
時々、古いのを引っ張り出して刷り直すこともあるので、なかなか捨てられません。

先日、新宿の「世界堂」に版木を買いに行きました。
世界堂は大きな画材屋さん。
美術関係のものは何でも揃います。
いつもの版木を買いに行ったのですが、それだけが売り切れていました。
しかたなく東急ハンズへ。
そこにもありませんでした。
渋谷のハンズへ行ってもやはり無く、焦りました。
ようやく、渋谷Loftで見つけました。
思わず買いだめしました。
これで、しばらく大丈夫。

ログの表紙を新しい版画にしました。
今年のはじめ、【 僕が雪の降る中、お酒を飲んでいる図 】にしたのですが、季節感が強すぎて、賞味期限が短く、春に、【 桜の花びらが散る中でお酒を飲んでいる図 】にかえました。
でも、これも季節感が強すぎました。

表紙(キャンピングシート)

今回は、【 僕がキャンピングシートに座って、ビールを飲んでいる図 】
これで、しばらく大丈夫。
  1. 2022/05/09(月) 18:42:04|
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ブラミツル「羽田」

月の初旬。
次男が北海道に旅行に行くことになり、羽田空港まで見送りに行きました。
横浜駅から、空港直通の「京急・エアポート急行」に乗りました。
「京急蒲田駅」から「空港線」に入ると、窓外の風景が一変しました。
下町風情たっぷりの街並み。
やがて電車は地下に潜り、終点に着くと、そこは第2ターミナルビルの地下。
改札を出ると、大勢の人。
別世界。

ターミナルビルには土産店、レストランはもちろん、ホテルも、理髪店も何でもあります。
空港でずっと暮らせそう。
トム・ハンクス主演の「ターミナル」という映画があります。
空港に住みついている男の話。
あの映画を作った人も、きっと空港であの話を思い付いたんだろうと思います。

子を見送り、自宅に帰ろうとして、ちょっと考えました。
行きに乗ったエアポート急行は、下町を走り、地中に潜って、空港の真中にあるターミナルに着きました。
もし地上を走っていたら、下町と空港の境目を通ったはず。
歩いて空港を出れば、その境界に行けるんじゃないか。

案内カウンターの女性に聞きました。
「ここから空港の外に歩いて出ることはできますか?」
「ここからは歩いては出られませんが、第3ターミナルからでしたら、外に出られます」
無料バスに乗って、第3ターミナルに行きました。

第3ターミナルは国際線用。
昔はなかったような気がします。
敷地の外れにあり、入口には警官が立っていて、中は薄暗く、人影もまばら。
そこから歩いてすぐのところに空港の出口がありました。

外に出ると、道路沿いに、ずっと先まで、空港のフェンスが続いています。
ここが空港と外界との境界になるのでしょう。
でも辺り一帯は、だだっ広い空き地ばかりで、人の姿もほとんど無く、イメージしていた境界とは違いました。

やがて、大きな川に出ました。
川沿いを歩いて行くと、ポツンと遠くに、赤い鳥居が見えました。
鳥居まで行くと、その向こうに川があり、川の反対岸に下町が広がっていました!
川が境界線になっていたのです。

弁天橋から

川にかかっている「弁天橋」の上から。

羽田空港へ行くときは、いつも電車かバス。
帰りもそう。
歩かなければ見られなかった景色でした。

弁天橋を渡り、下町を散策しました。
町名は「羽田」。
楽しい散歩でした。

羽田二丁目

途中、頭上をジョット機が飛んで行きました。
車輪が収納されていくのが見えました。
これには、ちょっと興奮。
僕は、高所恐怖症ですが、飛行機は好きなのです。
  1. 2022/05/01(日) 20:43:55|
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衣裳

回の『小道具2』で、「怒りの葡萄」の上着のことを書きました。
よく考えたら、上着は衣裳でした。
今回は、衣裳のことを書きます。

昔、劇団のある先輩が言いました。
「昔やった芝居でさ、衣装合わせで自分の衣裳を着た時に、『俺の役はこういう男だったんだ!』って、初めて分かったような気がしたよ」

分かります。
衣裳は、衣裳プランナーや演出家が、それぞれの観点から、その役にアプローチしたもの。
役者が気付かなかったことを、衣装が教えてくれることがあります。
「こういう服を着る男なんだ!」という風に。

衣裳は大事なもの。

ある年配の俳優さんから、こんな話を聞きました。
昔、その人がある芝居を見に行った時のこと。
「芝居の中で、金持ちの紳士が出て来るんだけどね。僕は、その男が詐欺師に違いないと思って、ずっと見ていたんだ。結局、そうじゃなかったんだけどね。なぜそう思ったかというと、とても安っぽいスーツを着ていたんだよ」
そういう見方をする人もいるのかと、その時は思いました。

でも僕の母も、舞台の衣装について言ったことがあります。
「ハムレット」を見た時のこと。
母、曰く、「ハムレットのお母さん、女王様やのに、いつも同じ服着てるやん」

いわゆる新劇では、王様や女王様がバンバン衣裳を変えることはありません。
その辺の経済事情はどこも同じで、お互い無意識の内に目をつぶって見ているような気がします。
気になったこともありませんでした。
でも、一般のお客様は違うのでしょう。
母のように思うのは自然なことだと思います。

衣裳は、小道具同様、役者にとって強い味方です。
でも、そうでない時もあるのです。
虚構の世界から一気に現実に引き戻すのです。

駆け出しの頃、昴のシェイクスピア作品に出演しました。
僕の役は兵士。
衣装合わせの時。
用意された衣装が自分に合っていないように思いました。
首の細さが強調されるような衣裳だったのです。
兵士にしては貧弱に見えました。
「衣装が体に合ってない……」と、独り文句を言っていると、そばにいた牛山さんがこう言いました。
「衣装に体を合わせるんだよ」

驚きました。
そんなこと出来るの?
今から体を鍛えろということ?
色々と考えて、首の細さが目立たないように工夫することを思い付きました。

舞台稽古の日。
休憩時間に作業場に行き、ぼろ布を引っ張り出して、細長く切り、カラースプレーで迷彩色にしました。
首に巻いてみると、グッと兵士っぽくなりました。
でも、それを見ていた先輩がいました。
僕と同じ兵士役で、僕と同じく体が貧弱で首が細い人でした。

舞台稽古の時間となり、舞台に行くと、その先輩も僕と同じ迷彩色のスカーフを首に巻いていたのです。
僕のを真似て作ったのです。
細身の兵士がふたり、お揃いのスカーフを首に巻いて並んで立っていると、仲良しコンビのようで、今度はそっちの方が気になってしまいました。
でも、ま、自分だけ、こっそり良く見せようとした僕がいけなかったのです。

「衣装に体を合わせる」

真理のようであり、冗談のようでもあり。
牛山さんのことだから、真面目な顔をして冗談を言ったのかもしれません。
でも一応、僕は今でも、その教えを守っています。

「父の肖像」

「父の肖像」という舞台の時の衣装。
「え!僕の役、こんなんだったんだぁ!」と衝撃的でした。
  1. 2022/04/22(金) 12:39:08|
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小道具(2)

回の続きです。
小道具は役者の味方だけど、雑に扱うととんでもないことになるという話です。

再び、「怒りの葡萄」の幕開けのシーン。
僕の演じるトム・ジョードは、荒地で、ケイシーという男に出会います。
トムは、ケイシーのことを思い出し、彼の隣に座ります。
その時に、上着を脱いで自分の脇に置きます。

稽古が終盤になり、衣装さんから、その上着が届きました。
衣装屋さんは、ふだんから古着を収集しています。
希少な衣装や、現在では手に入らない服もあるからです。
僕の衣装も古着でした。
胸を開くと、胸ポケットの裏側に、「渡辺」という名前が刺繍してありました。
僕は「これが客席から見えたらどうしよう」とちょっと心配になりました。
スタッフに聞くと、「大丈夫。見えやしない」とのこと。
でも、僕は念の為、服を脱ぐ時には、裏の刺繍が見えないように、折り畳んで地面に置くようにました。

ところが、初日が明けて数日たったある日。
お客様のアンケートの中に、僕の上着のことが書いてありました。
日本人の名前が見えて、がっかりした、とのことでした。
たぶん、服を置いた時に、めくれてしまったのしょう。
お客さまはたぶん前の方の席に座っていて、「渡辺」とは読めなくても、アルファベットではなく漢字だということは分かったのでしょう。

舞台は、虚構です。
劇場の中に、本当にアメリカの荒地がある訳がなく、出て来る人間は、「トム」とか「ケイシー」とか言っていても、どう見たって日本人です。
だいたい日本語を喋っています。
お客様は、それを虚構と分かっていて、その中に真実を見出そうとして下さるのです。
「渡辺」の2文字は、そんなお客様に対する裏切りでした。
突然、日本人の名前が目に飛び込んで来た時、どんなに失望したか……
それを思うと、本当に申し訳なく、恥ずかしい思いになりました。

翌日、スタッフが、衣装の「渡辺」の刺繍の上に布を縫い付けました。
「客席から見えない」と判断したスタッフも甘かったのです。
でも、心配しながら、何もしなかった僕も怠慢だったのです。

昔、小劇場で見た芝居の話。
皆が知人の家に集まり、夜更けに酒を飲んでいる場面。
役者のひとりが酔って寝転がり、腕を客席の方に投げ出していました。
その腕にはめていた時計の針が「5時」を指していたのです。
話の流れから、その場面は朝の5時でも、夕方の5時でもありません。
僕は少し考えて、「あ」となり、自分の時計を見ました。
5時だったのです。

その役者は、自分の腕時計を、針も直さず、そのままつけて、楽屋から出て来たのです。
僕は、ガッカリしました。
演技の上手い下手は気になりませんが、怠慢は許せないのです。

小道具は便利です。
うまく使えば、演技の助けになります。
しかし、ぞんざいに扱えば、あっという間に敵になります。
役者の「嘘」を躊躇なくさらけ出します。

最後に、劇団に伝わる笑い話を。
大昔に上演した古典劇の話です。
王様が正気を失い、腰の短剣を抜き、「この剣で!」と叫んで、周りの女官たちを全員刺し殺す場面。
公演中のある日。
その場面で、王様がいつものように自分の腰に手をやると、短剣を忘れたことに気付きました。
王様は焦り、一瞬考えた後、自分の両手を掲げて、「この手で!」と叫び、周りの女官たちを、ひとりひとり絞めて殺して回ったそうです。
女官たちは、悲鳴を上げながらも逃げる訳に行かず、自分が殺される番を待っていたそうです。

この話を昔、先輩から聞いて大笑いしました。
これ、ひょっとしたら作り話かもしれません。
だって、あまりに面白いので。
でも、もし自分がその場面にいたら……と想像すると、ぞっとします。
小道具は、怖い。

怒りの葡萄

「怒りの葡萄」の幕開けの場面。
写真の左端に見えているのが上着。
  1. 2022/04/14(木) 15:15:12|
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