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宮本充のきまぐれ週報2

夜の散歩 in 出雲

月19日と20日は、出雲市での公演でした。
会場は、出雲大社のすぐそばにある「うらら館」。
2年前に建てられたばかりの、お洒落な建物で、「でんでんむし」という名前の可愛い図書館もあります。
劇場の名前は「だんだんホール」
出雲で「だんだん」とは「ありがとう」の意味。
客席と舞台がとても近く感じられる、いい劇場でした。
20日の終演後には、演劇鑑賞会の皆さんとの交流会がありました。
楽しいひと時でしたが、驚いたのは、何人かの会員の方が、子供がいじめられていたり、ご自身が若い頃にいじめられた話をされたこと。
いじめというのは、なかなか表に出ないだけで、どこにでもあって、そして表に出た時には、すでに手遅れなのでしょうか。

会員の皆さんに見送られ、ほろ酔い気分でタクシーに乗り込み、ホテルに戻りました。
そして、ホテルの向かいのコインランドリーで、洗濯をすることに。
出来上がりを待つ間、ホテルの周りを散歩することにしました。

校時代、「歴史」より「地理」が好きでした。
過去の出来事より、現在の出来事に興味がありました。
その土地に住む人々の生活に興味がありました。
高校の先生に、「君はジャーナリスト向きだね」と言われたことがありました。
ジャーナリストにはなりませんでしたが、今でもその傾向があり、旅先では、歴史的に有名な場所より、普通の町並みや、住宅街に足が向きます。
観光地をめぐるテレビ番組にはあまり興味がなく、NHKの「世界ふれあい街歩き」や「日本縦断こころ旅」などを夢中で見ます。
列車の車窓から、名も知らぬ街が見えると、自分がその街の住人になったことを想像します。
一瞬にして過ぎ去る民家の茶の間で食事をしている自分を想像します。

コインランドリーを出て、ホテルの裏の住宅地に入ると、屋根瓦の可愛らしい低層階の団地がありました。
あちこちの部屋に明かりがついていて、人影が見えました。
その明かりを見上げながら、そこに住んでいる自分を想像しました。
もし家族と一緒に、この街に住んでいたとしたら、今頃、どんな仕事をしているだろうか、などと想像しました。
どの街に行っても、そういう想像をします。
自分でも、変な癖(へき)だと思います。

前にも書きましたが、僕は、今までに20回以上、引越しをしています。
ふるさとというものはなく、幼馴染みの友もいません。
でもそれが悲しいと思ったことはありません。
むしろ、色々な場所に移り住むことが、ずっと楽しみでした。
母が、「ウチは放浪癖の家系なんや」と、よく言っていました。
旅先の見知らぬ土地に住むことに憧れる僕の性格は、宮本家の血筋なのでしょう。
でも、それは単なる憧れで、そんなことは出来ないことは分かっているのですが…

屋根瓦の団地を出て、住宅地を抜け、神戸川という大きな川の土手に上がると、遠くで花火大会をやっているらしく、花火が次々に打ち上げられるのが見えました。
しばらく、それを眺め、また、コインランドリーに戻りました。
こんな、ちょっとした夜の散歩が、僕にとっては至福の時なのです。

日は、貸し切りバスで、中国山地を再び越えて広島県へ移動。
今は、福山市にいます。
今日は、マチネとソアレの2回公演。
さ、そろそろ劇場に出かけなくては。

神戸川

出雲でも壁投げ。
神戸川にかかる橋の下で。









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  1. 2013/07/22(月) 12:21:34|
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明日は中日(なかび)

回の15日に書いたブログは、何だか写真がおそろしく大きくなってしまいました。
パソコンって、いまだに使い方がよく分かりません…

15日の昼。
前回のブログを書き、荷造りをすませ、ホテルを出て岡山駅に着いたとたん、滝のような大雨が降り出しました。
次の公演先の島根県・松江行きの列車は運休となり、再開の見込みが立たなくなりました。
我々は、急きょ、タクシーで松江に向かうことに。

中国山地を越えて、約4時間の旅。
車の旅は、電車よりはるかに疲れます。
昔から車には弱く、大人になってからは随分慣れましたが、子供の頃は、車に一時間も乗ると、必ず酔って吐いていました。
松江に着いた時には、もうぐったり。
クタクタの状態でホテルの部屋に入ると、テーブルの上に、松江市民劇場の皆さんからのウェルカム・プレゼントが置いてありました。
手描きの絵葉書と、手作りのミニチュアの草履。
それから、ビスケットと、熱中症予防の塩入りラムネ。
塩入りラムネの塩が、体に染み渡るような気持ちがしました。
旅先で頂く心遣いの品は、本当に有難いものです。

翌日の16日は、前日の大雨が嘘のような晴天。
無事に、昼と夜の2公演を終えることが出来ました。
昨日の17日は、鳥取県の米子。
そして今日の鳥取市の公演で、14回のステージを終えることが出来ました。
「親の顔が見たい」は、演じるには精神的に大変な舞台ですが、気がつくともう明日は中日。
各会場の、演劇鑑賞会、市民劇場の皆さんに支えられ、順調に公演を続けています。
ピンチらしいピンチは、15日の大雨ぐらい。

明日は出雲に向け、出発します!

宍道湖大橋

宍道湖の入口にかかる宍道湖大橋。
この橋の右側が宍道湖です。


宍道湖大橋の下

この橋の下で壁投げ。
後ろは川。
壁から戻ってきたボールを後ろにそらさないように、ハラハラの壁投げでした。
旅先で、壁投げの場所を探すのは、ひと苦労です














  1. 2013/07/18(木) 23:50:57|
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さらば岡山

日で、岡山市での公演を無事に終えました。
今日は移動日。
12時過ぎの列車で松江に向かいます。
今朝まで泊まっていたホテルには、6日間の長い滞在でしたから、部屋中に広げた荷物を、これからまとめなければなりません。
パソコンを片付ける前に、このブログを書いています。

高山さん、るみちゃん

ホテル1階のレストランにて。
落合るみちゃんとカオちゃん(高山佳音里)。
カオちゃんとは、「隣で浮気」、「汚れた手」と、今年2本続けて共演しました。
しかし、「親の顔が見たい」には出ていません。
彼女は岡山の出身。ちょうど帰省することになって、ホテルに寄ってくれたのです。
旅先の地で、劇団の仲間と会えるとは!
そして、もう一人…

内田さん、西本さんと

市内の料理店にて。
左が西本裕行さん。
右が内田稔さん。
西本さんは、「親の顔が見たい」の出演者ですが、内田さんは違います。
数年前に、劇団昴の女優であり、奥様であった新村礼子さんのお具合が悪くなり、お二人で、内田さんの生まれ故郷の岡山に転居されたのです。
昨年、新村さんがお亡くなりになり、今は市内のマンションに、おひとりで暮らしています。
西本さんと内田さんは、同い年の86歳。
昴の創立メンバーであり、我々、後輩が、いつかはこういう役者になりたい、と目標にするお二人です。
内田さんには、なかなかお会いすることが出来なくなったのが、本当に残念です。

相生橋

旭川にかかる相生橋。
向こうに見えるのは岡山城
すぐそばには、日本三名園のひとつ、後楽園もあります。
ホテルから歩いて10分ほどのところにある、この橋に、僕は毎日、通いました。
正確には、橋脚の壁に。
朝、7時にホテルの朝食をすますと、グローブとペットボトルの水を持って出かけ、この橋の下で壁投げをしていました。
ボールを一個、川に流して、新しいのを買いに行ったりもしました。
それから、後楽園のあたりを散歩して、ホテルに戻って、BSのメジャーリーグを見ながら、ストレッチをして、劇場に向かいました。

では、そろそろ荷造りを始めます。
さらば、相生橋。
さらば、岡山。

内田さん、またお会いできる日まで!





  1. 2013/07/15(月) 08:59:29|
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岡山にて

やって来ました、岡山県!
7月4日から始まった、「親の顔が見たい」の中国地方ツアー。
倉敷市芸文館を皮切りに、玉島文化センター、児島文化センターと続き、昨日から岡山市内に入りました。

昨日の夜の、岡山市民文化ホールでの1回目の公演。
舞台を終え、帰り支度を済ませて劇場を出ると、運営サークルの皆さんが大勢、僕達が出てくるのを待っていてくれました。
皆さんの拍手に送られて、劇場を後にしました。
各地の演劇鑑賞会、市民劇場の皆さんに、暖かく迎えられ、支えてもらい、僕達は旅を続けることが出来るのです。
本当に有難いことです。

帰り道、舞台を見てくれた高校生の男の子と一緒になりました。
岡山城の見える川沿いの道を、一緒に歩いて帰りました。
彼は、自転車を押しながら、舞台の感想を、色々と話してくれました。
その的確さに、しっかりと見ているんだなと感心しました。
ミュージカルが好きで、将来は劇団四季に入りたいとのこと。
今は、地元でダンスと歌を習い、時々、大阪まで、四季の舞台を見に行っているそうです。
ホテルの近くの交差点で、握手をして別れました。
お互い、右手はふさがっていたので(彼は自転車のハンドルで、僕はカバンで)、左手で。
爽やかな青年でした。

残り24ステージ。
まだまだ旅は続きます。
こういう出会いが、これからもありますように!







  1. 2013/07/10(水) 17:26:17|
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