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宮本充のきまぐれ週報2

さらなる一段

遠藤と園子ちゃん

妙なツーショット。
右は遠藤純一。
左は河田園子ちゃん。
遠くから撮っても遠藤はデカイ…。

ただ今、「イノセント・ピープル」の稽古中。
原子爆弾を開発したアメリカ人科学者とその家族たちの物語です。
作者は「親の顔が見たい」の畑澤聖悟さん。
日本人がアメリカ人を描いた異色作です。
2010年に池袋のグリーンシアターで初演されるや大反響を呼び、昨年1月に、同じく池袋の「あうるすぽっと」で再演されました。(僕はここからの参加)
そして、今年、神戸演劇鑑賞会と京都労演の例会に呼んで貰えることになったのです!
遠藤は原爆を開発した科学者のひとり、ブライアン・ウッド役。
主役です。
園子ちゃんは演出助手。

昨日は稽古場での最後の稽古。
小道具や衣装をトラックに積み込み、稽古場を掃除している最中、埃が舞う部屋の奥で2人で長い間、話し込んでいるのです。
どうせヤツのことだから食べ物の話だろうと思い、そっとそばに寄って聞いてみたら、何と芝居の話!
自分の役で苦悩しているのです。
おいおい、今日で稽古は終わりだよ!

にも書きましたが、演出の黒岩亮さんが「親の顔が見たい」の再演の時に、笑顔でこう言いました。
「再演はね、良くなる一方なんですよ!」

一般的には、そうでない場合がよくあります。
再演というのは初演の評判が良いから行います。
役者は初演を覚えています。
同じようにやろうとしがちです。
どうしても守りに入り、前回の演技をなぞりがちになります。
悪く言うと、心のどこかで過去の成功に安住してしまうのです。
そうなると、初演を越えることは出来ません。
それどころか、初演のレベルにも達しないのです。

黒岩さんの稽古は、再演でも、まるで初演のようです。
おおまかな動きやタイミングなどは前回と同じでも、個々の役の中身には、新たな気持ちでアプローチします。
当然、前回と違う「ダメ」もあります。
演出家の解釈が変わった場合もあるでしょうが、こちらとしては、「演じる我々がひとつ上の段階に登ったからだろう」と前向きに解釈します。
そして、その階段にはまだ更に上があるはず。
そう思って、皆、稽古をしています。
そして、決して身内びいきではなく、遠藤は一段、一段、しっかりとその階段を上り続けています。
そして、今、さらなる一段への苦悩中…?

エスカレーターがあればいいのにね。
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  1. 2014/06/30(月) 13:07:50|
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懐かしい対戦

ヶ月ほど前、ウチの野球部の監督の伊藤さんが言いました。
「賢プロに野球部が出来て、滝くんがまた野球を始めたそうだぜ。ちょっとさ、試合、申し込んでみてよ」
「滝くん」とは、滝知史さんのこと。
昨年亡くなられた内海賢二さんが創設した声優事務所、賢プロに所属しています。
しかし、劇団系野球人にとって、滝さんはかつて、剛腕ピッチャーとして恐れられた存在だったのです。

昴が劇団対抗野球大会に参加し始めた頃、「青年劇場」は毎年優勝争いをする強豪劇団でした。
滝さんがいたからです。
大阪体育大学の野球部出身で、何と、あの上原浩治の先輩です。
そして、上原と同じ背番号19(上原はレッドソックスでも19)を背負って投げていたそうで、その球の威力の凄いこと…!
うなりを上げて迫ってくるストレートには思わず腰が引け、変化球は一瞬にして視界から消え去りました。

ある年、昴は運悪く、一回戦で青年劇場とあたることになりました。
負けを覚悟しましたが、なんと敵は先を見越して、エースを温存し、別のピッチャーを出してきたのです。
その日はウチのピッチャーの調子が良く、試合の中盤まで相手を0点に抑え、こちらは猛攻で、5点を入れました。
「青年劇場に勝てるかも!」と思った時に、ピッチャーが交代、エースの滝さんが出て来たのです。
あっという間にウチの攻撃は終わりました。
でも、5点のリードを守り抜きさえすれば勝てるのです。
しかし、ウチのピッチャーは滝さんの顔を見るや、急にガタガタと調子を落とし、その裏の敵の攻撃からはフォアボールの連発。
5点差はあっと言う間にひっくり返りました。
センターを守っていた僕は、ボードゲームの駒がカチャカチャと動くように、次々にホームに流れ込んでいく敵のランナーを茫然と眺めるしかありませんでした。

劇団球界に君臨した青年劇場でしたが、それから数年後に滝さんが劇団を去ると、とたんに弱くなり、今では昴と同じく一回戦敗退の常連チームとなりました。
野球というスポーツはホント、ピッチャー次第なんだなと思いました。

その後、滝さんは賢プロに入りました。
そして今年、野球部を作り監督になったという噂をウチの監督が聞きつけ、先日、滝さんが主演する海外ドラマの番組に僕がゲスト出演した時に試合を申し込み、対戦の運びとなったのです。

滝さんは肩を壊し、今はもうマウンドに立つことはないそうで、試合では後半に一塁を守っただけでしたが、OB戦のような懐かしい雰囲気で試合を楽しみました。

滝さん、志村さんと


左は志村知幸さん。
志村さんはフットサルもやっていて、この日の靴もサッカーシューズ。
野球のボールは蹴らないように。

右が滝さん。
滝さん、今度は投げてね。
今なら打てる!

て、試合の結果は、昴の勝ち!
今年、初勝利!
でもピッチャーは僕ではありません。
アンディー(安東桂吾)がナイスピッチング!
やはり野球はピッチャー次第。
僕が投げなきゃ勝てるのさ!

秋田屋の通り

試合後。
大門交差点近くの「秋田屋」にて。
老舗の焼鳥屋さんで、酒飲みのお爺ちゃんやサラリーマンでいつも満員です。
サラリーマンはまだ仕事の時間のはずなのに、ネクタイ姿で夕方から飲んでます。
試合の後、4時前に着いたのですが、すでに満員。
仕方なく、路上で飲んでました。














  1. 2014/06/23(月) 16:09:46|
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不義理

回の「恩知らず」の続きです。
僕はアッチャンにリンクの件を話し、笑顔で許して貰いました。
収録も終わり、心も晴れやかにスタジオを出た僕は、ふと、すぐ近くにあるお寺に立ち寄ろうと思い立ちました。
そのお寺の墓地には、僕が駆け出しの頃に芝居を教えてくれた演出家のお墓があるのです。
演劇界でその名を知られた演出家でした。
その先生に多くのことを教わりました。
とても可愛がって貰いました。
でも、僕が劇団に上がり5年ほどたった頃、突然、劇団を去りました。
当時、昴はある財団の傘下にありました。
その財団からの圧力により、劇団にいられなくなったのです。
その理不尽さに僕は憤りましたが、先輩から、「お前の気持ちは分かるが、あの人のことはもう忘れろ」と言われました。
当時、劇団の役者には発言権はなく、そもそも僕はまだ劇団に入ったばかりのペーペーでした。
悔しい思いを胸の奥にしまい込むしかありませんでした。

それから10年たち、先生の訃報に接しました。
東京を離れ、地方で演劇活動を続けている時に交通事故に会ったのです。
先生は、お棺に入って東京に戻って来ました。
僕は、お通夜と告別式に参列しました。
僕と同じく先生に心酔していた何人かの先輩は火葬場まで行きました。
でも僕は行きませんでした。
「そこまで…」という気持ちがありました。
その頃、僕は舞台と声の仕事で忙しい日々を過ごしていました。
先生の死はとても悲しかったのですが、昔、先輩に言われたように、すでに先生のことを「忘れて」いたのかもしれません。
僕の中では、過去の人だったのかもしれません。
その後、お墓参りに行くこともありませんでした。

れが、アッチャンと会った日に、先生のお墓がすぐ近くにあったことを思い出したのです。
そのスタジオには、昨年レギュラーの仕事で数ヶ月間、通っていたのに。

お寺の敷地内の墓地の墓石をひとつひとつ捜しました。
先生のお墓に手を合わせ、不義理を詫びる自分の姿を想像しながら。
でも、半時間近く捜しても、先生のお墓は見つかりませんでした。

結局、僕は、アッチャンへの不義理を解消し、そのついでに先生への不義理も解消してしまおうと思っていたのです。
草葉の陰で先生が、シャツの袖をまくり、人差し指でメガネの眉間のフレームをクイッを上げて、「宮本くん、そんなついでじゃあ駄目ですよォ」と笑っているようで、またもや恥ずかしい思いで一杯になりました。








  1. 2014/06/14(土) 01:58:55|
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恩知らず

初にブログを始めたのは2009年の春。
「きまぐれ週報」でした。
当時、僕はパソコンの操作方法が殆ど分からず、ブログのやり方を劇団のスタッフに手とり足とり教えて貰っていました。
そのスタッフが言いました。
「宮本さんがブログを始めたことは今は誰も知りません。知られるようになるまでにはかなりの月日がかかります。早く知って貰うために、リンクをお薦めします。有名人のブログにリンクを貼って貰うのです」
そう聞いて僕はすぐ、ある女性が浮かびました。
アッチャン。
以前、「ネイビー・ファイル」という海外ドラマで長年共演した田中敦子さんです。

早速、アッチャンにリンクをお願いしました。
彼女は快諾してくれ、お蔭で僕のブログはあっと言う間に、色々な人達に知って貰えるようになったのです。
ところが3年後、僕はログインコードを忘れたため、自分のブログに入れなくなりました。
仕方なく、「きまぐれ週報2」を始めることにしました。
そして、リンクのことは、すっかり忘れてしまっていたのです。

今年の初め、突然そのことを思い出しました。
2年もたってから…
「アッチャンのブログから僕のブログにとんだ人が、何年も更新されていないブログを見たらどう思うだろう…」
「僕が別のブログを始めたことをアッチャンはもう知ってるのだろうか…」
「怒ってリンクを削除しただろうか…」
まだ僕のリンクが貼ってあるかどうか、彼女のブログを見てみればいいのですが、僕にはどうしてもそれが出来ず、ずっとそのままにしていました。
何という恩知らずな男か…

日、彼女がレギュラー出演している海外ドラマにゲスト出演することになりました。
彼女に会うのは、数年振りのこと。
もう、そのままにしてはおけません。
僕はようやく彼女のブログを見ました。
僕のリンクはまだありました…
恥ずかしさと申し訳なさで、自分が情けなくなりました。

収録当日、スタジオで彼女に話しました。
「アッチャン、ごめん…5年前にリンクを貼ってもらった僕のブログ、実は別のブログに替えて、もう2年前から更新してないんだ」
「あら、そうなの?じゃあ、新しいブログ、捜してみるわ」
「いやいや!…新しいのも滅多に更新してないんで…前のブログの、削除して下さい」
「いいの?分かった、じゃあそうする」
彼女は怒ることもなく、笑顔でそう言ってくれました。
その笑顔に救われました。
半年振りに、心が晴れた気がしました。

「受けた恩は忘れるな」
「義理は欠かすな」
親からそう教えられてきましたが、この歳になってもまだ…
本当に情けない限りです。






  1. 2014/06/06(金) 00:56:09|
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