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宮本充のきまぐれ週報2

旅日記・百舌鳥編(後)

【前回のあらすじ
48年振りに訪ねた、故郷(のひとつの)百舌鳥!
しかし駅にはコインロッカーがなく、重いカバンを提げて歩くことに…
だが運よく、仁徳天皇稜の公園管理事務所に立っている「レンタサイクル」ののぼりを発見!

10レンタサイクル

自転車のカゴにカバンを入れ、急に行動範囲が広がった僕は、思い出の地を訪ねて回ることにした。

5堺市立図書館

徳天皇稜の近くにある図書館。
夏休み、よくここで勉強をした。
クーラーがガンガンに効いて涼しかったから。
涼しいどころか寒かった。
真夏なのに長袖のシャツを一枚着なければならない程。
「電気代、勿体ないな…」と思いながら勉強していた。

建物の左の2階部分、木の枝で見えにくくなっているところに、壁から出っ張った、ガラス張りの小さな部屋がある。
今は倉庫になっているが、当時、お昼時、そこで景色を眺めながらパンを食べた。
当時は高所恐怖症もそれ程ひどくなかったのだ。

6旭中学校

図書館から自転車で5分ほどのところにある、旭中学校。
中学一年生の一年間、通った。

旭中学校から百舌鳥駅に戻り、踏切を渡って駅の反対側に。
百舌鳥小学校を目指す。
1年生と3年生の時、祖父母の家から通った。
車が頻繁に走る道には歩道はなく、集団登校で路肩を一列になって歩いていたが、今、思えば、結構、危険な登校だった…

途中、お弁当屋さんで弁当を買う。

7百舌鳥八幡

百舌鳥八幡に立ち寄る。
夏祭りの時には、境内が夜店で一杯になった。
お小遣いを握りしめ、従兄弟と夜店を回って遊んだ。

境内でお弁当を食べる。

8百舌鳥小学校

百舌鳥小学校に到着。
ここを訪ねたのには理由がある。
校歌を確認すること。

僕は、5つの小学校に通った。
最初が、この百舌鳥小学校。
最後は、同じ堺市内にある神石(かみいし)小学校。

今でも時々、百舌鳥小学校の校歌を口ずさむ。
だが、なぜか最後は神石小学校の校歌になってしまう。
「♪この丘、この窓~」から始まって、「♪~我らが神石小学校」で終わるのだ。
だから百舌鳥小学校の校歌を確認したかった。

校庭に歌碑があるんじゃないかと、正門を入る。
平日なのに校舎のドアが閉まっていた。
中に守衛のおじいさんがいる。
ガラスのドア越しに頭を下げて挨拶をすると、電気ロックの解錠される音がしてドアが開き、おじいさんが顔を出した。

大阪では以前、小学校で痛ましい事件があった。
その影響なのだろう。
僕がいた頃とは、もう時代が違うんだな…。

訪問の理由を話すと、職員室へ案内してくれた。
応対してくれた先生に校歌のことを話すと、「歌詞ならここにありますよ」と壁を指した。

9百舌鳥小学校校歌

写真を撮らせて貰う。
あやふやだった歌詞をようやく思い出した。

職員室にいた先生は親切に応対してくれた。
でも正直に言うと、「いやあ、そうか~、ここの卒業生!何年卒?先生は誰だった?」って感じで歓待してくれることを期待していた。
「何だぁ、歌詞を忘れたの~」と、歌って教えてくれる気がしていた。
でもそれはノスタルジーの勝手な押し付けで、先生にとって僕は、突然やってきた、大きなカバンを提げて無精ひげを生やした、怪しい中年男なのだ。
生徒が沢山いる平日の昼間にふらりと現れた迷惑な訪問者なのだ。
大体、僕がいた頃の先生達はもう定年退職しているはずだし。

先生にお礼を言い、百舌鳥小学校を後にした。
仁徳天皇稜の管理事務所に戻り、自転車を返した。
そして、百舌鳥駅から電車に乗り込み、翌日の舞台を待ってくれている人達の住む街に向かった。

上で、「旅日記・百舌鳥編」はおしまい。

さて、今は普通の生活に戻り、相変わらず時々、百舌鳥小学校の校歌を口ずさんでいる。
が、しかし…あれ?
やっぱり最後が神石小学校になってしまう…

仕方ないか。
もう何十年もそうやって歌ってきたんだから。

5つもの小学校に通った僕にとっては、これが僕の母校の歌なんだろう。
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  1. 2015/07/20(月) 03:08:15|
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旅日記・百舌鳥編(前)

の顔が見たい」の巡演で、今年の4月、近畿に行って来ました。
旅の間、ブログで「旅日記」を書きました。
今回は、その番外編です。

子どもの頃、6才から8才の間、大阪の堺市に住んでいました。
大阪と和歌山を結ぶJR阪和線の百舌鳥(もず)駅のすぐそばに住んでいた祖父母の家にいました。

今回の巡演の間に移動日がありました。
次の会場のある街に移動する日で、舞台はお休み。
その日、電車を途中で降りて、南海本線から羽衣線経由で、ひとり百舌鳥駅に向かいました。

48年振りに!

という訳で、今回は、


「旅日記・百舌鳥編」

1百舌鳥駅

百舌鳥駅に降り立つ。
各停しか停まらない小さな駅。
でも、古墳マニアには有名だ。
百舌鳥駅の周辺には、大小さまざまな古墳が点在する。
中でも特に有名なのは、仁徳天皇陵。
世界最大のお墓。

駅のコインロッカーにカバンを預けようと思い、コインロッカーを探すが、見当たらない。
「コインロッカーですか?この辺りには無いと思いますよ」と若い女性の駅員さん。
早くもノスタルジーな気分に浸っていた僕は、心の中でこう言う。
「実は僕、あなたが生まれるずっと前から、この駅を知っているんですよ」

重い鞄を肩から提げて、駅を出る。
駅前はすっかり変わっていた。
祖母とコロッケをよく買いに行った、踏切のそばのスーパーはもうない。
「サントス」という喫茶店もない。
昔と同じなのは、道だけ。
ノスタルジーな気分がちょっとしぼむ。

ホームの脇にあった祖父母の家も今は無く、仁徳天皇陵に向かう。
そう言えば、今、中学校の教科書では、「仁徳天皇陵」ではなく、「大仙ナントカ古墳」と教えているそうだ。
どうやら、仁徳天皇の墓ではなかったらしい。
歴史って変わるんだなぁ。

2仁徳稜四つ角

右が、仁徳陵のお堀。
左は、昔よく遊んだ児童公園。
三角ベースをよくやった。
当時、この角を自転車で飛び出し、車にはねられたことがある。
擦り傷ですんだが、それをちょうど遠くで見ていた伯母が飛んで来て、運転手にものすごい剣幕で怒っていたのを、今でも覚えている。
いきなり飛び出した僕も悪かったのだが、子供心に伯母の愛情を感じた。
その伯母も、もうすぐ80歳。
当時はまだ20代だったのか…。
「子どもの飛び出し注意」の立て看板に苦笑する。

正面の道を奥に歩いて行く。

3仁徳稜堀脇

左一帯は大きな公園。
きれいに整地されているが、昔は小さなアパートがひしめくように建っていた。
アパートの窓に鉄板を置いて、たこ焼きを売っていたおばちゃんが懐かしい。

右は仁徳陵のお堀。
昔は柵などはなく、下まで降りてよくザリガニを釣った。

重いカバンを提げて歩いて行くと、公園の管理事務所があった。
「レンタル・サイクル」ののぼりが立っている。

10レンタサイクル

レンタル・サイクルを借りた。
カバンは前のカゴに。
肩が軽くなり、急に行動範囲が広がり、行きたい場所が次々に頭に浮かぶ。
「母校の旭中学校に行こう!」

4仁徳稜正面

仁徳稜の正面。
子どもの頃、ここで、履いていた靴を蹴り上げて天気占いをしていたら、靴を堀に落とし、片足を裸足で家まで歩いて帰ったことがある。
その後、何年も、堀の底でザリガニの巣になりながら、僕が来るのを待っている靴のことを想像した。
ひょっとしたら、まだ、お堀の底にあるのかも。

この後、旭中学校へ向かう。 (続く)

  1. 2015/07/04(土) 12:23:00|
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