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宮本充のきまぐれ週報2

「考える前にやる」

回も試演会の話です。
演出家というのは全てのことに通じていなければならないのだと分かりました。
そして、僕にはそれがないことを思い知りました。
例えば衣装選び。
日頃から、女性の服のことは全く分かりません。
出演者が自前の服を色々と持参して僕に見せるのですが、どれがいいのか僕には判断ができず、たまたま稽古を見に来た後輩の落合るみちゃんに衣装選びを丸投げしました。
演出家の義務を放棄したのです。

今思うと、稽古の間に僕がしたことは、研修生たちに「僕ならこうする」ということを伝えただけかも。
でも、それも大事だと思うのです。
後輩に自分の演技を教える。
歌舞伎や能は、きっとそうなのでしょうから。

回、稽古中、研修生達に何度か言ったことがあります。

「考えない」

ちょっと誤解されそうな言葉ですが。
若い頃、劇団の舞台美術家が、アメリカの劇団を訪れた時に見た稽古場の貼り紙の話をしてくれました。(このことは以前書いたかも。すみません、記憶が曖昧で)
それには、こう書いてあったそうです。

「考える前にやってみる」

演出家に「こうやってみてくれ」と言われたことを、「それは出来ない」という俳優が時々います。
または、一応はやってみるが、始めから「うまくいかないだろう」と思ってやるのです。
理由は、「自分の役の人物はそんなことはしない」「そういう感情が生まれない」など。
でもそれは、自分の感性や価値観に基づいて判断している訳で、役の人物はその俳優とは違う感性を持っているかも。
自分の納得できる範囲の中だけでやっていては、自分の可能性を縮めるだけだと思うのです。
考えることは大事、でもそれに縛られては駄目なのです。
「そんなこと出来ない…」と思ったとしても、まずはやってみる。
自分には理解できなかった何かが発見できるかもしれない。
やってみて駄目だったら、やめればいいのですから。

演会の初日の前日。
舞台装置を全部組み終わり、照明、音響のきっかけを中心に進める稽古(テクニカルリハーサル)を終えた時のことでした。
舞台上には「自分の耳」の装置。
音楽マニアの青年、ボブの部屋。

自分の耳装置(前)


音楽会で知り合った女性を自宅に招き、恋破れ、彼女が帰った後、彼が『蝶々夫人』を聴く、切ない幕切れの場面。
テクニカルリハーサルを終え、キャスト・スタッフ全員が客席に集った時、舞台監督の三輪学が「今、とんでもないことに気づいたんですが…」と前置きして、こう言いました。
「舞台前面のレコードプレイヤー、お客さんが入ると、2列目から後ろの人は、全然見えません」
確かめてみました。
前の席に人を座らせて。
確かに見えません。前の人の頭が邪魔で。
レコードプレーヤーどころか、ボブの顔も見えません。
凍り付きました。
「Pitは、舞台が客席より低いですからね、小劇場ではこういうことがよくあるんです」と三輪。
そして、彼は少し考えて、こう言いました。
「プレイヤーの位置を変えませんか。下手のスピーカーの後ろに置けば、どの席からも見えるはずです」

「プレイヤーの位置を変える」
僕には到底、受け入れられない提案でした。
原作に「舞台前面にプレイヤーがある」と書かれているのです。
32年前に僕がやった時も、舞台前面にあったのです。
幕切れは、傷ついたレコードを見つめるボブのアップで終わらなければ!

結局、その日は結論が出ず、翌日とりあえず、試しにプレイヤーの位置を変えてみることにしました。

そして翌日(初日)の朝。

自分の耳装置(後)


幕切れの場面。
「蝶々夫人」を聴くボブの、夕日に照らされた横顔。

印象的な幕切れになりました。
むしろ、この方が良かったのです。
その他のレコード絡みの場面も、ずっと良くなりました。
やってみなければ分からなかったことです。

初日の直前に芝居を大きく変えるのは勇気のいること。
大抵はやりません。
そして、「やらない」ということには、必ず立派な理由がついてきます。
今回ならば、
「原作者の意向を尊重しなければならない」
「直前の大きな変更は役者が混乱する」
「見える見えないより、気持ちが大事」など。
実際、僕も前日にはそう考えていました。

「考える前にやってみる」
なるほど。
勉強になりました。

修生4人の一年間の修行が終わりました。
昇格査定を経て、合格なら準劇団員になることができ、駄目なら劇団を去らなければなりません。
今回の試演会は、その合否を決める大きな判断材料だったのです。
もし誰かが残れなかったら…・
演出としてもプレッシャーでした。

4人全員、無事、準劇団員に上がることが出来ました。
でも、これからが大変です。
2年後には劇団員昇格の査定が控えており、その後も、一人前の役者になるまでに大変な努力をしなければなりません。
運も必要。
役者は一生勉強。
気の遠くなるような修練の日々。
さまざまな苦難が待ちうけているでしょう。

そんな彼らに贈る言葉。

「先のことは考えない」
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  1. 2017/03/21(火) 22:27:45|
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また役者に

演会「自分の耳」「他人の目」が終わりました。
お越し下さった皆さま、どうも有難うございました。

教える難しさを痛感しました。
出演者は、演劇学校から上がって来たばかりの新人たち。
演技力は未熟ですが、こちらの演出力も未熟。
稽古の帰り、よくアイリッシュパブに寄り、ひとりカウンターで、片手にキルケニー、片手に鉛筆を持ち、台本と格闘していました。
初日近くになると、毎日のように稽古の夢を見ました。
公演中は、一番後ろの席で、手に汗をかきながら見ていました。
肩がバリバリになりました。
でも終わってみると、やって良かったと思います。
彼らから学ぶことも沢山ありました。
とても勉強になりました。

ーター・シェーファーのこの2本の作品では、「他人の目」の方が人気があります。
明るく楽しい話で、素敵な終わり方。
「フォロー・ミー」という映画にもなっています。
でも、「自分の耳」はあまり上演されることがありません。
終わり方も悲しく、切なくて。
でも僕は「自分の耳」の方が好きです。
かつて自分が出演したことがあるからかもしれません。
32年前に、テッドの役を演じています。

自分の耳舞台写真

三百人劇場にて。
当時、僕は演劇学校生。
卒業し準劇団員になってからも、下北沢の駅前劇場で再演しています。

演出は演劇学校の校長先生の荒川哲生さん。
昴の看板演出家でした。
とてもエネルギッシュな人でした。
僕は可愛がってもらいました。
荒川さんを慕う役者は「荒川っ子」と呼ばれていて、僕もその一人でした。
でも、訳あって劇団を去り、移り住んだ金沢で交通事故にあい、亡くなりました。
ずい分、昔のことです。
でも「自分の耳」は、ずっと僕の心の中にありました。
自分が演じられる年令をとっくに過ぎても。
今回、「自分の耳」と「他人の目」を選んだのは、「研修生の身の丈にあった作品
を」などと言いながら、結局は自分がやりたかったのです。

日間の公演を終え、また役者に戻ります。
次は、「アルジャーノンに花束を」
6月に俳優座劇場にて。
ご期待下さい!

の冬、ついに風邪をひきませんでした!
何十年か振りのことです。
嬉しい~!
  1. 2017/03/07(火) 23:03:25|
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